マチュピチュ行きの列車に跳ねられた - 被害者:源平
人間同士の付き合いではよく誤解が発生する。
誤解はすぐに解ければよいのだが、
誤解していることに気づかないままだと、正しく状況を判断することはできない。
結果的に誤解は害悪しかもたらさないのだ。
ペルー最大の見所といっても過言ではない、マチュピチュ。
マチュピチュに行くためのルートは大きく分けて三つある。
ひとつは多くの人が利用する観光鉄道ペルーレイルに乗り、
クスコから直接マチュピチュ村まで行く方法。
二つ目はインカ道といわれるトレッキングルートを辿り、
1週間くらいかけてマチュピチュへ到達するルート。
そして最後は、観光鉄道ペルーレイルの線路を歩いてマチュピチュ村まで行くルートだ。
鉄道は値段が高く、トレッキングには何ヶ月も前からの予約が必要。
というわけで僕らは消去法的に線路を歩くルートで行くことになった。
同じルートでマチュピチュから帰ってきた人の話で、
線路脇に死体が落ちていたという情報もあり、
それも見に行くということで、かなりスタンドバイミーっぽくなってきた。
このときはまだ自分が死体になりかけることになるなんて思いもしなかった。
蓋をあけてみると、思った以上に線路の上を歩くという行為自体がキツい。
両サイドは大きな石がごろごろしていて慎重に歩かないと足をくじくし、
枕木の上にも石が乗っていて、順調に歩くということができない。
定期的に前後から来る列車を線路のワキに避け、また歩き出す・・・
行きのルートはなんとかなったものの、
疲労の溜まってきた体に帰りの28キロは想像以上にハードな苦行となった。
スタンドバイミーみたいで楽しそう!
なんていう当初の思惑とはまったく違う体育会系の展開に二人とも閉口した。
景色を楽しむ余裕などとっくになくなり、
ただ黙々と足元の石と枕木を目で追いながら歩く。
そのとき、前方のカーブからマチュピチュ村行きの列車が突然現れた。
ちょうど線路脇がちょっとした崖になっているところで出くわしたので、
列車を避けるためには、線路を降りて一段下に行かなければならない。
先行していた宏実はなんのためらいもなく一段降りた。
しかし疲れが溜まっていた僕は、一段降りるという行為がひどく面倒に思えた。
"端に立って身をよじってればなんとか避けられそう"
そんなことを考え、線路脇ぎりぎりのところに立って列車をやり過ごそうとした。
列車が急速に近づいてきて、運転手が窓から顔を出し、手でモノを払いのけるような仕草。
なぜかこの運転手の顔とジェスチャーをよく覚えている。
"大丈夫、避けられるって"
そう思い、列車とすれ違った瞬間、僕は崖に向かって豪快にぶっ飛ばされた。
わけもわからず崖を転がり落ちていく僕。
そこらに生えている草に必死にしがみつきなんとか勢いをとめることができた。
背後には落ちたら間違いなく死ぬ、雨季で増水した濁流があった。
どうやら列車に跳ね飛ばされたらしい。
僕を跳ねた列車はブレーキひとつかけず、笛も鳴らさず夢を乗せて走り去っていった。
人を跳ね飛ばしておいてこれだもの、線路脇に死体のひとつも落ちていて不思議ではない。
落ちたときに木にぶつけたらしく、足に大きく打ち身ができていた。
幸いにも列車と接触したのは背負っていたリュックだったようで、他に大きな怪我はなかった。
崖の上では宏実が、僕が自分で崖に向かって全力でジャンプしたのだと誤解して、「なにやってんの!!」と大激怒していた。
しかし何人かの乗客は通り過ぎながら見ただろう。崖下に跳ね飛ばされて勢いよく転がっていく僕の姿を。
そして誤解したに違いない。
「あの人死んだわ!私らの列車が殺した!」
乗客たちの楽しいマチュピチュ観光に、人身事故の恐ろしい思い出が加わったわけだ。
非常に申し訳ないことをしたような気もするが、
誤解を解くにはあまりに列車は、速すぎた。